父親になる前日の心境について綴っていこうと思う!

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どうも、バンコです。

私事ですが、いよいよ明日(3月8日)子どもが生まれます。

子どもが生まれる前日ともあり、ボク自身改めて自己理解を深めるいいきっかけと思い、今の心境をブログに綴っていこうと思います。

この記事を読んだからといって、なんの役にも立たないと思いますので、ボクという人間に関心のある方だけこのまま読み進められてください。

読み進めた方へ!

あなたは、よっぽど変態なのかもしれません。

ボクという人間に関心があるだなんて、なんの得もしませんよ。

ましてやこの記事には、ボクの気持ちの部分にしか触れていませんから、時間の無駄になるかもしれませんよ。退屈かもしれませんよ。

それでも構わないというのなら、全然いいですよ。これ以上は止めません。

ただ、後悔しても責任はとれませんので、あしからず。

では今から、父親になる前日の心境について書き綴っていこうと思います。

父親としての自覚は正直感じない!

妻には大変申し訳ない気持ちでいっぱいですが、これが今のボクの本心です。

まだ子どもが生まれていないからかもしれませんが、それまでは父親としての自覚はゼロに等しいといっても過言ではありません。

自信をもって言えることでもありませんけど。

子どもが生まれてからも、果たして父親としての自覚がもてるかどうかさえもわからない状態です。

そもそも自覚ってもつものなのか。無理して自覚をもたなければいけないものなのか。

甚だ疑問ではあります。

父親としての自覚について考えた先の現在の答えはこれ!

これから父親になられる方は、「子どもが生まれるんだから父親としての自覚をしっかりもたなきゃダメ!」といったセリフを一度は周りから言われた経験があるのではないでしょうか。

うっとうしいですよね。この言葉。

つまり責任をもてってことですよね。この言葉の意味は。

ボクが思うに、ダメなのは自覚をもたないことではなく無責任な行動をとること、だと思うんですよね。

へりくつに聞こえてしまうかもしれませんが。

自覚についてウィキペディアで調べてみたところ、以下のような説明が書かれていました。

自覚(じかく)とは、自分自身の置かれている状態や自分の価値を知ること。本来は仏教用語である。自覚は単に意識の有る無しを意味するほかに、文字通り自ら覚ることを指す。「覚る」とは気付くことであり、気がつかないことを反対語として不覚という。分裂状態も意識が統一を成し、純粋経験を経験するためには、「見られる意識」と「見ている意識」という主観と対象の対立を克服する必要がある。
引用:ウィキペディア

言いたいことは重々わかりますが、大切なのは自覚したあとのその一歩先の「行動」であると思います。

これが今現在考えたなかで出したボクなりの答えになります。

まず考えてから動くよりも先に行動しろ!

営業職の方ならこのセリフは、上司から嫌というほど言われた経験があるかと思います。

このセリフについてボクなりの解釈だと、この言葉の意味はデスクに座ったままの状態で考えて頭を動かしたとしても、いい答えになかなかたどり着けない。

それは机上の空論というものであり、行動して学べることのほうが、まず考えて行動するよりも効率的で得られる情報の価値が高い傾向にあると、そんなふうに思っています。(間違ってたらごめんなさい)

つまり、さきほどの「行動」と結びつけると、正しい行動を身につけることのほうが自覚をもつことよりも先決であると、ボクは声を大にして言いたい。

自覚するだけでは足りませんから。

不倫は自覚が足りないのではなく行動が足りてるから?

悪いとわかっててもやっちゃいますよね。不倫。

去年からなにかと話題になってて、世の男性芸能人などがメディアの餌食となっているのをよく目にします。

餌食となった方は、少なくともみんなわかっているはずです。

不倫がダメな行為だってことを。

でも、やってしまうのはなぜでしょうか?

自覚が足りないから。意識が低いから。

いやいや、半分あってて半分間違っています。

そもそも行動力がハンパないんです。不倫に走る男性というのは。

自覚がないから不倫という行動に走っている考えでは、これからの時代通用しないとボクは思っています。

だっていくら頭で考えたからといって、自制心を抑制できなきゃダメなんですから。

気持ちをコントロールできないのなら行動を変えること。

こっちのほうが断然、効果があると思うのですが。

不倫が悪いってことはわかっているんですから、頭で考えて意識を高めるよりも、そうならないためにそのような場所には極力近づかないこと。

つまり行動そのものを変えることが必要であると思います。

「自覚」というキーワードが出てきてからやや話が脱線してしまいましたが、この辺で軌道修正をはかります。

子どもが生まれてからの生活の変化のほうが正直恐い!

「もうすぐ子供が生まれてきて嬉しいでしょう?」と聞かれても、実際に手にとってみないとわからないというのが正直な気持ちです。

自覚がない状態ですから、その辺の気持ちとかは持ち合わせていないのが本心としてあります。

それよりも、ボクは今までの生活スタイルが変わってしまうことのほうが、何倍も不安で恐いと思っています。

今までのような仕事や生活のやり方なんてできないだろうし、そうなってくると今以上に自分の時間を確保できるよう管理していかなければいけません。

周りからは、子どもが生まれると自分の時間なんてないに等しいと、ボクにとっては脅し文句のように聞こえてきますけど、そんなのはめちゃめちゃ嫌だ。

ボクが極度のワガママなのかもしれませんが、だからといって今までのやり方を変えないわけにもいきません。

このことは重々、承知しています。

子どもが生まれれば、子どもが中心になるかもしれませんが、心の奥底ではボク中心のやり方を見出していこうと思っています。

どんな子に育ってほしいとか希望もなければ考えもない!

生まれてくる子どもに対して基本、自由に育ってくれればそれでいいと思っています。

何をさせたいとか何になってほしいとか、そんなものは今の段階ではありません。

ただ、物事に対して決断のできる人間であってほしいとは思ってます。

自分の人生ですから、他人に決断を任せるような人間だけにはなってほしくないと、それだけは思います。

他人に決断を任せるのって基本、責任逃れですからね。

自分のケツは自分で拭くこと。

このことだけは伝えられたらと思ってます。

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